シナリオ [ショートショートショート]
珈琲片手に
今朝届いたシナリオにサッと目を通す。
「今日は課長に10分イヤミを言われる・・・っか、
おっ、そのあと受付のキョウコちゃんから声をかけられて・・・っと。
ん~、イイこととイヤなこと、半々ってとこだな。」
オレの一日は朝届くシナリオで決まる。
人生は毎日の積み重ねって言うけれど
オレにしてみたら、シナリオ一枚一枚の積み重ねってわけだ。
別にセリフや立ち位置を覚える必要はない。
オレは俳優でもない、ただのサラリーマン。
セリフはその時になれば勝手に口から出てくる。
シナリオは変えられない。
そう思っていた。
(・・・変だ、この言葉が・・・言えない。)
いつものように会社へ行き、いつものように昼になり、いつものように仕事を終え、いつものように家へ帰る。
そんな一日のはずだったのに。
(・・・変だ、この言葉が・・・言えない。)
言えない、言えない、言えない。
オレはこの言葉が言えない。
あふれ出しそうで、
それでもこの世へ発することを拒絶する言葉を
呑み込んだ、呑み込んだ、呑み込んだ。
消化できないこの塊に
オレの腹はごねた、ごねた、ごねた。
そしてゆっくり静かに周りは白んでいった。
珈琲片手に
新聞に目を通す。
シナリオは
オレがオレを縛り付けてたシナリオは
もうない。
「ピー」
湯が沸いた。
飲み干した珈琲カップに再び珈琲を淹れる。
2杯目の珈琲は一杯目より苦く、そして丁寧に。
オレの一日がはじまる。
ショート ショート ショート by.mari